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2026.08.01理事長メッセージ

理事長からのなずなメッセージ#248 学園の校歌はいつできたのか

2026.8.1
市川学園理事長・学園長 古賀正一

 7月17日終業式を終え、45日間の夏休みに入りました。夏休みの計画を見ると、学園主催の行事や部活動とともに、生徒個人での国内外の課外活動も活発に行われています。まさに第三教育を実践し習得し、生徒一人一人が大きく成長する機会となっています。恒例の中1学年行事である2泊3日富士山研修は、参加者全員が元気に、事故なく終了しました。集団生活を学び、友人と寝食を共にする「同じ釜の飯を食す」経験は、AI・ネット時代にこそ重要です。

 学園主催の国際研修では、すでに英国イートンカレッジ研修(7/22-8/6)、ボストン・アマーストカレッジ研修(7/23-8/3)の2チームが出発しました。ケンブリッジ研修は8月(8/17-8/27)です。今夏の学校主催の国際研修参加者175名に加え、「トビタテ!留学JAPAN」に採択された18名(全国2位)を含め、個人で国際研修に参加する生徒が81名おり、合計256名の生徒が、海外での活動をスタートしています。これは学園の生徒数の10%を超える規模であり、この夏休みに多くの生徒が海外体験または国際的研修に取り組むことになります。現場・現物・現実と向き合う実体験により、大きく成長する起点になると確信しています。なお、学園の年間を通じた国際研修と生徒の体験談は、国際部発行の『学タビ』(国際研修・留学大図鑑)に詳しく記載されています。

 さて、入学式、卒業式、祝賀式典、部活動の大会での応援などで歌われる学園の校歌は、いつ頃に制定されたのでありましょうか?学園創立50周年史である『五十年のあゆみ』によれば、校歌制定は1952年(昭和27年)2月12日とあります。(作詞:岩佐東一郎、作曲:飯田信夫)以下、『五十年のあゆみ』をもとに、要点を記述し、感想も述べたいと思います。
 開校以来、校歌をつくる気運はありましたが、戦時中および戦後の混乱の中では、困難であったと想像します。同年2月発行の第14号学園新聞には、「市川学園校歌完成す」の見出しで、「開校15年を記念して校歌ができた喜びとともに、校歌発表会が、2月12日本校講堂に於いて、岩佐東一郎先生、飯田信夫両先生をはじめ、その他の関係者及び来賓を招待し盛大に開かれた。」と記載されています。
 作詞者の岩佐東一郎先生は、前年1951年9月24日に来校し、校舎や周辺の環境(真間川)を視察し、さらに文芸講演会で生徒と交流されており、その際に受けた好印象が校歌に織り込まれていると思われます。岩佐東一郎氏(1905~1974)は、堀口大學の門下生で、「アマリリス」「よろこびの歌」などの小学校唱歌の作詞者として知られています。また、俳句や随筆の分野でも活躍し、NHKラジオ「とんち教室」などにも出演していた有名人でした。
 作曲者の飯田信夫氏(1903~1991)は、山田耕作に師事し、映画音楽、流行歌の作曲、校歌や社歌の作曲など幅広く手掛けました。また、昭和の日本の管弦学界を支えた功労者の一人としても知られています。東京帝国大学工学部鉱山学科出身の異色の作曲家・指揮者です。
1952年当時、両氏はいずれも40代後半の人気の作詞家、作曲家でした。そのような一流の作詞家・作曲家に校歌制作を依頼し、今日まで歌い継がれる素晴らしい校歌を持てたことに感動し、先人に感謝したいと思います。

 市川学園校歌  作詞 岩佐東一郎 作曲 飯田信夫(原文は漢字にルビ)
 1番 うららかに うららかに     光かがよう 葛飾の  
    空を流るる 白き雲       この明るさを さながらに
    心も軽く ただ一途       日毎 学ぶ わが母校
    文化のほこり ここにあり    おお われらの市川学園

 2番、3番は省略しますが、
 キーワードは、1番・・うららか、明るさ、文化のほこり
        2番・・すこやか、新しさ(原文:鮮しさ)、平和のしるし
        3番・・さわやか、清らかさ、自立のさかえ
 また1番から3番まで、「心」と「一途」という言葉が用いられていることも特色です。
(現在の校歌は、一部ひらがなを漢字に、また漢字を新漢字にしています。)

 最後に特記すべきこととして、校歌が誕生する前の1950年に、運動会において生徒自身が自主的に作詞、作曲された応援歌が流れたことであります。

 1番を紹介すると、 都塵をさけて市川の 清き流れと みどりの香り
   これぞ我等が母校  おゝ精鋭我等

 作詞者によると、応援歌をつくりたいと思ったきっかけは、1949年硬式野球部の千葉県大会でした。対戦相手校が校歌を歌い応援していたのに、本校にはまだ校歌がなく少々惨めな思いをしたとのことでした。

 校歌は、学校の理念や地域の自然などを示すシンボルであり、在校生・卒業生・教職員が帰属意識や思い出を共有できるものです。日本の文化の一つでもあり、大切に末永く歌い続けたいものです。